薬はどうやって効く?~タンパク質の動きを知る~

日本医科大学 物理学教室 藤崎先生に、現在行っている研究についてお話を伺いました。

どのような研究をしているのですか?

タンパク質の動きを計算(コンピュータ)によってシュミレーションする研究をしています。
タンパク質は色々な機能を持っていますが、機能を発揮する際に、構造が変化することがあります。
タンパク質の構造の変化は熱刺激や光刺激や他の分子との結合など、外からの刺激がきっかけとなって起こるもので、この刺激により構造が変化し、様々な反応が起こります。

身近な例でいうと、生卵がゆで卵になるのはタンパク質が熱によって構造が変化することによるものですし、アヒルの卵がピータンになるのは、タンパク質が強アルカリによって変化することによるものです。また、細胞内のシグナル伝達は、タンパク質にリガンドと呼ばれる小分子が結合して、構造変化することから始まります。
私の研究では、タンパク質のこのような構造変化を計算や理論によって明らかにしていくことを目標にしています。

タンパク質はどのような構造をしているのですか?

タンパク質の種類によって、比較的単純なものから、複雑な構造をもつものまで様々あります。
血液の赤血球に含まれているヘモグロビンなどは、たくさんの分子から構成されていて、とても複雑な構造をしています(右図)。
ここでリボンのようになっているのはタンパク質の2次構造と呼ばれているもので、アミノ酸が螺旋状に連なっていることからヘリックス構造と呼ばれています。タンパク質には他にもシート状になるベータシート構造や、構造のないループと呼ばれる部分などがあります。

 

 

ヘモグロビンの構造
(ウィキペディアより引用)

 

タンパク質はどのような構造変化をするのでしょうか?

アデニル酸キナーゼ (adenylate kinase)と呼ばれる酵素はタンパク質の中でも比較的小さいことから、よく調べられている分子です。この酵素は生体内のエネルギー反応(ADPをATPとAMPに変換したり、その逆を行う)に関係しており、とても重要な酵素です。
この酵素に基質(酵素の作用を受けて化学反応を起こす物質)が結合していないときは、オープン型構造(下図a)と呼ばれる構造になっていますが、基質が結合すると、クローズ型構造(下図b)と呼ばれる構造に変化をします。

 

 

  

       オープン型構造                  クローズ型構造

 

藤崎弘士 日医大医会誌2013; 9(4)203より引用

タンパク質の構造変化をどうやって見るのですか?

原子レベルの動きは、原理的にはニュートン方程式という物理の方程式を使って計算機上で調べることができます。しかし、タンパク質には原子が数多く(多い場合は数百万以上)含まれており、またその位置も時間とともに変化していくため、計算するためには高速の大型計算機が必要です。
現在は理化学研究所にあるスーパーコンピューター「京」などの開発により、そういった高速な計算ができるようになりましたが、それでも巨大なタンパク質のダイナミクスの全貌を解析できる段階までには至っていません。

そこで、タンパク質が構造変化する前の状態Aから構造変化した後の状態Bに至る経路(パス)を統計(確率)によって求め、経路を明らかにすることで構造変化の全貌を調べる試みをしています。これはパスサーチ(またはパスサンプリング)と呼ばれる手法です。

パスサーチについてもう少し詳しく教えてください。

例えば、武蔵境から千駄木に行くのにいくつかの行き方があるように、タンパク質が構造変化するための経路もいくつかあります。そこで、どの経路を選択していくのかを統計的に求めていき、経路を明らかにしていく手法がパスサーチです。
ここで使われる統計は統計物理学(統計力学)と呼ばれるもので、タンパク質のような複雑な集合体に関する学問です。平均的に変化のない系(平衡系)に関する理論はすでに19世紀には確立しましたが、動的に変化する系(非平衡系)に関する理論はその後生まれた考え方で、アインシュタインも非平衡系についての研究をしていました。パスサーチは非平衡系の統計力学を使う最先端の手法です。

タンパク質の動きを見ることによって何がわかってきますか?

生体内でのタンパク質の機能を解明できるだけではなく、薬を飲んだ時にその薬が生体内でタンパク質にどのように作用し、その結果、どのように効くのかを予測することが可能になります。
薬の効果を予測できれば、より効果のある薬を作るための研究に役立つだけではなく、新薬の開発時間の短縮にも貢献できるものと考えています。

今後どのような研究を進めていきたいと考えていますか?

日本だけではなく、ドイツやアメリカの研究機関とも協力をしながら、タンパク質の動きがより正確にわかるようなモデルや計算手法を作っていきたいと考えています。

 

     

 

フライブルグ大学(ドイツ)

 


ボストン

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